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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)70091号 判決

原告 朝銀愛知信用組合

被告 学校法人中央学院 外一名

主文

原告と被告らとの間の東京地方裁判所昭和四六(手ワ)第二九〇八号約束手形金請求事件の手形判決を取消す。

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告「被告らは原告に対し、各自、金五〇〇万円及びこれに対する昭和四七年二月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。

二  被告ら「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という)を所持している。

二  被告学校法人中央学院(以下「被告学院」という)は受取人及び振出日の各欄を白地のまま本件手形を振出し、被告石本三郎は本件手形に振出人のために手形保証をした。本件手形にはその後受取人として「高山土木株式会社」、振出日として「昭和四六年五月一五日」とそれぞれ記載された。

三  よつて、原告は被告らに対し、各自、本件手形金五〇〇万円及びこれに対する本件手形の支払のための呈示に代るべき原告の昭和四七年二月一日付準備書面の送達の日の翌日である同年二月二日から商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

(請求原因に対する被告らの認否)

請求原因事実をすべて認める。

(被告らの抗弁)

一  被告学院は、本件手形の受取人兼第一裏書人である高山土木株式会社(以下「高山土木」という)に対し、本件手形について次の2及び3記載のとおりの抗弁を有する。そして、被告石本は本件手形の振出人である被告学院のために手形保証したものであるから、同様に高山土木に抗弁を対抗できる。

1 本件手形の高山土木に至るまでの流通経路

被告学院は、山口県徳山市に徳山大学経済学部を創設するに際し、被告学院振出にかかる額面五〇〇万円の約束手形一〇通を、被告石本が振出人のため手形保証をしたうえ他で割引いてその創設資金を捻出しようとして、昭和四六年四月一五日、杉原清次郎こと梁世煥に右手形一〇通を割引を依頼して交付した。本件手形は、右手形一〇通のうちの一通である。ところが、梁と山本一朗こと福士鐵男とは、和田産業株式会社(以下「和田産業」という)という実在しない会社の営業部長または社長を名乗る金融ブローカーであつて、右両名は、共謀して、当初から本件手形を割引く能力も意思もなく取得したことが後に判明した。そこで、右手形一〇通を詐取されたことに気がついた被告学院は、翌一六日、梁に対しこれら手形の割引依頼の意思表示を取消しこれらの返還を求めたが、このとき五通の手形の返還を受けただけで、本件手形を含むその余の手形はすでに第三者の手に渡つた後であつた(本件手形が詐取された事実)。

仮に、梁及び福士に右のような詐取の意思がなかつたとしても、少なくとも同人らは割引を依頼されて本件手形を取得したのであるから、これに見合う割引代金を被告学院に交付しなければならない。しかるに、同人らは被告学院に対し右割引代金を交付しないままである(割引金不交付の事実)。

次いで、右のようにして本件手形を手中にした福士は同年四月一六日ごろ、その割引先物色のため名古屋市内に赴き、金融ブローカー仲間で和田産業名古屋支店長を自称する古田和夫に本件手形の割引を依頼した。

ところで、高山土木の取締役高山武雄こと趙[金庸]泰は、同年四月下旬、右古田に対し、「手形が手にはいつたら貸してくれ。期日には必ず決済する。一時手形を貸してくれれば、後日高山土木において古田らに手形割引などの方法によつて金融の便宣を計つてやる。」と申入れた。そこで古田は、福士と相談した結果この要請をいれることにして、福士が所持していた本件手形を高山土木に資金を得させるために単なる引渡しの方法によつて譲渡した。このようにして、高山土木は本件手形をなんらの対価をも出捐することなく無償で取得して所持人となつた(高山土木が本件手形を無償取得した事実)。

2 高山土木は、前記のとおり、福士らが本件手形を詐取しこれを被告学院に返還しなければならないこと、もしくは将来返還を請求されることを、または福士らが被告学院に対し本件手形の割引代金を交付しなかつたことを知りながら、かつ、高山土木が本件手形を取得することによつて被告学院を害することになるのを知りながら、古田を介して福士らから本件手形を取得した。

3 高山土木は、前記のとおり、本件手形を無償で取得したのであるから、このような場合、高山土木が本件手形を所持しているからといつて、振出人及び手形保証人である被告らに本件手形金の支払を請求するのは権利の濫用となり許されるものではない。

二  抗弁その一

高山土木から原告に対する本件手形の裏書は隠れた取立委任裏書であるから、被告らは被告らが高山土木に対して有する前項2または3記載の抗弁をもつて原告に対抗できる。したがつて被告らに本件手形金の支払義務はない。

三  抗弁その二

仮に、高山土木から原告に対する本件手形の裏書が隠れた取立委任裏書でないとしても、前記のとおり高山土木は手形法第七七条、第一七条但書にいう本件手形の害意ある取得者であるところ、原告もまた第一項1記載の本件手形が詐取された事実または割引代金が交付されなかつた事情を知りながら、かつ、原告が本件手形を取得することによつて被告学院を害することになるのを知つて、本件手形を高山土木から裏書譲渡を受けた。かりに原告が右の事情を確知していなかつたとすれば、それは金融機関としての調査義務を怠つたためであるから、害意ある取得者と同視して差支えない。よつて、被告らに本件手形金の支払義務はない。

四  抗弁その三

被告らは、高山土木に対し第一項3記載の抗弁を有するところ、原告はこのことを知りながら、かつ、本件手形を取得することによつて被告学院を害することになるのを知つて、本件手形を高山土木から裏書譲渡を受けた。よつて、被告らに本件手形金の支払義務はない。

五  抗弁その四

高山土木が原告に対して本件手形を裏書したのは、高山土木自らが被告らに本件手形金の支払を請求すると、被告らから手形抗弁の対抗を受けることになるため、もつぱら原告に本件手形金取立のための訴訟行為をさせようとしてのことである。よつて、右裏書は信託法第一一条により無効であるから、原告は本件手形につき無権利者であつて、被告らには本件手形金の支払義務はない。

(抗弁に対する原告の認否)

一  被告ら主張の抗弁その一ないしその四の各事実をすべて否認する。

二  高山土木が本件手形を取得した事情は次のとおりである。

高山土木は、長年にわたり取引のあつた名郊建設株式会社の代表取締役成田尤の紹介によつて、昭和四六年三月末ごろ、古田和夫の所持する愛知県愛知郡日進町所在の株式会社日進卸売市場(以下「日進」という)の振出にかかる約束手形二通(額面はいずれも金三〇〇万円、満期はそれぞれ同年六月二〇日と同年七月一五日)を同人の依頼によつて割引き、その所持人となつた。ところが、その後「日進」の経営不振により右手形二通の支払が危ぶまれる状況になつたところ、古田が同年四月二五日本件手形を高山土木に持参した。そこで、高山土木は同人に対し同人から先に割引いた「日進」振出にかかる約束手形二通の支払担保のため本件手形を預かる旨を申入れ、同人もこれを了承して本件手形を高山土木に交付したのである。

ところで、右の「日進」振出にかかる満期が同年六月二〇日の約束手形については、「日進」の希望により、同日、額面金二〇〇万円、満期同年七月二〇日の約束手形一通と額面金一〇〇万円の小切手一通とに書替がなされたが、右小切手は同年六月二四日不渡となつたため、残る額面金三〇〇万円及び同金二〇〇万円の各約束手形ともに不渡となることが確実となつた。そこで、高山土木は、古田との合意に基づき本件手形から「日進」振出にかかる前記約束手形二通の割引金回収を計ることになつたのである。

このように、高山土木が本件手形を無償で取得したといわれる理由はなく、ましてや本件手形の所持人として手形上の権利を行使することが権利の濫用となるべき筋合はない。

三  原告が本件手形を取得した事情は次のとおりである。

原告は高山土木と手形割引取引を継続してなしていたのであるが、高山土木から割引によつて取得していた大阪麻糸株式会社の振出にかかる額面金五〇〇万円、満期昭和四六年七月一二日の約束手形一通が不渡となつた。そこで、原告は高山土木に対し右約束手形金の支払を請求し、高山土木から右手形金の支払のため同年七月一四日本件手形の裏書譲渡を受けてその所持人となつたのである。そして、この際、もとより原告は本件手形について被告らが主張するような事情の存在することを知らなかつたしまた害意のある取得者とみられてもやむをえないような著しい落度もなかつたのである。

したがつて、また、原告が高山土木から本件手形の裏書譲渡を受けたことが信託法第一一条に違反することなどありえないことである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因事実は当事者間にすべて争いがない。そこで、被告らの抗弁について次に検討する。

二  本件手形の流通経路について

1  本件手形振出の事情

当事者間に争いのない請求原因第二項の事実に証人渡辺孝の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、成立に争いのない甲第一号証、乙第八号証の二及び三ならびに証人渡辺孝の証言をあわせ考えると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告学院は昭和四六年四月山口県徳山市に徳山大学経済学部を創設したが、被告学院の常務理事兼学長の地位にあつた被告石本三郎は、被告学院振出にかかる約束手形を他で割引いて右創設に必要な資金を得ようとし、金融ブローカー草深徹雄の紹介により、同月一五日、東京都千代田区内丸ノ内ビルデイング五三八号室に事務所を構える金融ブローカー杉原清治郎こと梁世煥及び山本一朗こと福士鐵男の両名を右事務所にたずね、持参した被告学院振出名義の額面五〇〇万円の約束手形一〇通に振出人のために手形保証すべく自ら署名、捺印したうえ、これら約束手形の割引を同人らに依頼して交付した。

(二)  ところで、梁と福士は、当時、割引すると称して他から取得した約束手形について割引依頼者から代金の支払を督促され、この金策に窮した結果、別の手形を手に入れこれを換金して先の割引代金の支払にあてることを計画し、新な手形割引依頼者には割引代金としてごく少額を支払うことにして急場をしのぐ相談をしていたところであつた。そこに、被告石本が前記のとおり被告学院振出名義の約束手形一〇通の割引を依頼してきたので、梁と福士は、自ら右手形一〇通を割引く資力がないのはもちろん、他から割引を受けることのできる確かな見込みもないのに、いかにもすぐに割引代金を交付するかのようにして、被告石本に対し、とりあえず金八〇〇万円を同年四月二〇日に、残代金は同月二三日に清算して支払うなどと述べて、そのとおり支払を受けうると誤信した被告石本から前記のとおり約束手形一〇通の交付を受けた。この一〇通のうちの一通が本件手形であつて、当時その受取人及び振出日の各欄はいずれも白地で、他の手形要件の記載は別紙手形目録記載のとおりであつた。

(三)  ところで福士は、他の手形割引金受領のため同年四月一五日名古屋市に赴いたが、ここで内海清から被告学院振出の前記手形のうち一通の割引ができるかも知れないと聞いて、この旨を東京にいる梁に連絡したところ、本件手形がすぐに梁から届けられた。しかし、福士は結局内海から本件手形の割引を受けることができなかつたので、同じ金融ブローカー古田和夫に本件手形の割引先の紹介を依頼した。

(四)  一方、被告石本は、一旦は割引を依頼して前記のとおり梁らに手形を交付したものの、同被告の秘書である渡辺孝から右各手形は梁らに詐取された疑いがあると進言され、急拠手形の返還を求めることとし、手形交付の翌四月一六日、渡辺を梁のもとに赴かせて手形の返還を求め、五通を取戻すことができたが、その余は所在が不明でそのときには返還を受けられず、もとより割引代金の支払も受けられなかつた。

右認定の(一)及び(二)の各事実によれば、被告学院と梁及び福士との間には、本件手形を含む被告学院振出の額面金五〇〇万円の約束手形一〇通の割引契約が締結されたが、実はこの契約における被告学院の意思表示(割引の申込み)は詐欺によるものであつて取消しうるものであることが認められる。そして、右認定の(四)の事実によるとき、被告学院は昭和四六年四月一六日渡辺孝をして右手形割引の申込みを取消す旨の意思表示を梁らに対しなさしめたものと認めることができる。

したがつて、本件手形は原因関係なくして振出されたものとなつたので以後梁らから被告学院に返還されるべきものとなり、もとより被告学院には梁らに対し本件手形金を支払うべき義務がないということができる。

2  高山土木が本件手形を入手した事情

前記1・(三)記載の認定事実に甲第一号証、成立に争いのない乙第一〇号証、乙第一二号証、証人成田尤、同高山武雄こと趙[金庸]泰、同高山文子の各証言を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  高山土木は名古屋市において土木請負業を営む株式会社であつて、高山武雄こと趙[金庸]泰(以下「高山武雄」という)はその専務取締役の地位にあつて会社の経営にあたつていた者である。また、名郊建設株式会社(以下「名郊建設」という)は昭和三八年ごろから倒産する昭和四五年二月までの間高山土木と取引関係にあつて、何回か高山土木に土木工事の下請をさせた会社であり、成田尤はその代表取締役であつた。そして、名郊建設はその倒産時に、成田個人の債務も含めておよそ一、五〇〇万円の債務を高山土木に負担していた。成田と古田和夫とは、昭和四三年ごろ古田が名郊建設振出の約束手形を割引いたとき以来の知り合いである。

(二)  古田は、昭和四六年三月二〇日過ぎ、梁及び福士から「日進」振出にかかる額面金三〇〇万円の約束手形七通の割引あつせんを依頼され、右手形を所持していたが、成田からこれらの割引先として高山土木を紹介されたので、両人同道して、同月三〇日、高山土木において高山武雄に面会し、右手形のうち三通の割引を依頼したところ、高山武雄は古田に支払う割引代金の一部を名郊建設ないし成田が高山土木に負担している前記債務の内入弁済にあてることを条件に高山土木が二通の手形のみ割引に応じるとのことであつた。古田、成田ともにこの条件をいれたので、高山土木は、満期が同年六月二〇日と同年七月一五日の二通の手形を、代金を一部天引して割引き、右手形二通の所持人となつた。

しかし、高山武雄は右のように割引をするについて、高山土木の代表者たる父高山太郎やその他の者に相談しなかつたので、のちにこれらの人々から叱責され、六〇〇万円にもなる手形割引に応じたことの無謀を強く非難された。このため、高山武雄は右二通の手形の支払を担保すべき別の手形がほしいと考えていた。

(三)  古田は同年四月下旬、前記のように福士から割引先の紹介を頼まれていた本件手形の割引を再び成田の紹介で高山土木に依頼しようとして、成田とともに高山土木に赴き高山武雄にこの旨申込んだ。これに対し、同人は、「日進」振出の手形が満期に無事決済されるまでは「日進」振出の手形二通の支払を担保するものとして本件手形を預かることを主張した。古田は、「日進」振出の手形二通の割引を高山土木から受けたのち、これら手形がいわゆる「パクられた」ものであるらしいことを耳にしていたなどのことから高山武雄の要求を断りきれず、結局、本件手形は同人要求の趣旨で古田から高山土木へ交付された。

以上の事実を認めることができ、この認定に反する乙第八号証の一における古田の供述部分、同じく乙第八号証の二における福士の供述部分は、証人成田尤及び同高山武雄の各証言に対比して採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  以上の認定事実によるとき、本件手形は、被告学院から梁及び福士、同人らから古田、同人から高山土木へと引渡されていつたことが認められるが、古田は本件手形を割引先のあつせんを依頼されて梁及び福士から預かつていた者にすぎないことも同様に認めうるから、本件手形の流通経路において独立した法的立場にある者とは認め難い。したがつて、本件手形は、被告学院から梁及び福士へ、同人らから高山土木へと流通したと認めるべきである。

三  前項1の末尾に判示したように、被告学院が梁及び福士に対し本件手形の原因関係不存在の抗弁を有することは明白である。

そこで、高山土木が本件手形を前者たる梁及び福士から取得する際、右の人的抗弁の存在を知つていたか否かについて検討する。

1  証人渡辺孝の証言によると次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

昭和四六年四月二七日、名古屋の佐藤土木あるいは佐藤建材と称する男性から被告学院経理課に「被告学院振出の額面金五〇〇万円の約束手形の性格」について電話による問い合せがあり、これに対し応待に出た渡辺孝は右手形は詐取されたものですでに警察に被害届を出しているので警察に右手形を届け出てもらいたい旨返答した。また同日、本件手形の支払場所と表示されてある株式会社大和銀行柏支店に名古屋の佐藤と名乗る女性から被告学院の信用照会とともに同じくその振出にかかる額面金五〇〇万円の約束手形についての電話による照会があり、これに対し同支店次長は被告学院の一般的な信用照会には応じられないが、右照会の手形は詐取された旨の事故届が銀行に提出されていることを返答した。そして、これより二日前に、同じ名古屋の佐藤と称する者(性別不詳)から被告石本の自宅に、前記被告学院経理課宛の照会と同趣旨の電話による照会があつたが、被告石本は渡辺孝が答えたと同趣旨のことを返答した。

ところで、証人高山文子の証言によれば、同証人は高山武雄の妹で高山土木の経理事務を担当していたが、同年四月二七日、大和銀行柏支店に被告学院の信用照会を電話でしたことが認められる。この事実に前記証人渡辺孝の証言により認定した事実をあわせ考えると、右同日、名古屋の佐藤と称して電話で大和銀行柏支店に照会してきた者は高山文子であると断じて差支えなく、しかも同人が名古屋の佐藤と称していたことに照らすと、被告石本及び被告学院経理課に電話で照会してきた者も、高山土木に関係ある何者かであると推測できる。そして、名古屋方面にまわされた手形が本件手形以外にはないことは、証人渡辺孝の証言により明らかであるから、高山文子または高山土木の何者かが電話で照会してきた約束手形は本件手形であるということができる。

2  ところで、高山土木が本件手形を取得したのが四月の何日であるかは、証拠上必ずしも正確に定めることができない。しかし、前記のとおり高山武雄は「日進」振出の約束手形二通をさしたる調査もすることなく割引いた無謀を非難されたことから、同人としては新しく手形取引をするにはそれ相応の信用調査をする必要を認識していたであろうと推測できること、証人高山文子の証言によるとき、高山土木が本件手形を取得するころ「日進」からその振出の約束手形の支払を猶予してもらいたい旨の要望があり、その満期における支払が危ぶまれるに至つたことが認められること、したがつて、高山土木は本件手形を取得するにあたつて、たとい取得の趣旨が「日進」振出の約束手形二通の支払を担保することにあつても、漫然と本件手形を取得するわけにはいかなかつたとみられること、以上の点を高山文子ないし高山土木の何者かが前記のとおり本件手形の信用照会をしたことに照らすと、高山土木は本件手形を取得する前に、すでに被告ら及び大和銀行柏支店に対し本件手形につき信用照会をし、いずれの場合にも本件手形が詐取されたものとの返答を受けたとみるのが相当である。

3  以上の次第で、高山土木は、本件手形を取得するとき、被告学院が本件手形の交付を受けた者に対し原因関係に基づく抗弁を有することを認識し、かつ本件手形の取得によつて被告学院を害することになるのを知つていたというほかはない。

四  原告が本件手形を取得した事情

1  甲第一号証、成立に争いのない甲第三号証の一、二、甲第五号証の二、五、六、証人朴武の証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証ないし第一〇号証、証人高山文子の証言により真正に成立したものと認められる甲第一二号証、証人高山文子、同菊池寿[彳幸]、同朴武の各証言を総合すれば、次の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は高山土木のいわゆるメインバンクとしてこれと種々の金融取引を継続していたのであるが、高山土木の依頼によつて、先に高山土木が古田から割引き取得した「日進」振出の額面金三〇〇万円、満期昭和四六年六月二〇日と同年七月一五日の約束手形各一通、大阪麻糸株式会社(以下「大阪麻糸」という)振出の額面金五〇〇万円、満期同年七月一二日の約束手形一通をそれぞれ割引き、これとは別に同年四月二八日高山土木に対し、満期を同年五月二五日とする単名手形による五〇〇万円の手形貸付をしていた。ところで、右「日進」振出の満期が同年六月二〇日の約束手形は、「日進」の希望によりそのころ額面金二〇〇万円、満期同年七月二〇日の約束手形一通と額面金一〇〇万円の小切手一通とにそれぞれ書替がなされたが、この小切手は同年六月二四日不渡となり、残る額面金三〇〇万円と二〇〇万円の各約束手形も結局満期において支払われず、また、右大阪麻糸の約束手形も不渡となつた。そして、前記の手形貸付金も当初予定された弁済期に返済されなかつたためこの弁済期を延期することとし、同年六月三〇日を満期とする高山土木振出の単名手形に書替えられたが、この期日にも返済されなかつた。

(二)  高山土木は、原告からこれら小切手、手形の買戻し義務の履行と手形貸付金の返済を求められたので、同年七月一三日ごろ、それまで保管していた本件手形をとりあえず大阪麻糸振出の約束手形の買戻し金支払のため原告に裏書譲渡することとし、本件手形取得後に入手した株式会社東京興信所の被告学院及び被告石本に関する調査報告書を添えてこれを原告に交付した。そして、その際、本件手形を持参した高山文子は、原告の貸付担当係長である朴武に本件手形の入手経路については高山土木の受取手形で不渡になつたものの支払のため受取つたことを説明したが、これ以上に朴から説明を求められることはなかつた。

かくして、原告は本件手形の所持人となつたが、本件手形を取得した当時、高山土木に対しては大阪麻糸振出の約束手形の買戻し請求権のみならず前記のように手形貸付にもとづく請求権をも有していたので、本件手形を右手形貸付金の回収にあてることとした。

2  高山土木から原告に対する本件手形の裏書が隠れた取立委任裏書であるか、そうでないとしても訴訟信託を目的とするものであると被告らは主張する。

しかしながら、前記1に認定した事実によるとき、被告らの右主張は採用できない。

なるほど、証人朴武の証言によれば、原告は高山土木から本件手形の裏書譲渡を受けるにあたつて、その裏書が取立委任の趣旨でないことを当事者間において明確にするため、金融機関が通常顧客から徴求するはずである確定日付のある譲渡担保手形約定書ないしは担保差入証、譲渡証書を、高山土木から特に徴求しなかつたことが認められる。この事実のみによるとき、右の裏書が取立委任のためのものであるとの一応の推測ができないではないが、証人朴武の証言、甲第八号証ないし第一〇号証によるとき、原告は本件手形を取得するとともに原告が権利を取得したことを帳簿上明らかにするための諸手続を適正に履んでいることが認められるから、原告が高山土木から前記のような諸書類を徴求しなかつたことをもつて右の裏書が取立委任のためであると断ずることはできない。なお、証人朴武の証言及び甲第五号証の六によると、原告は本件手形を取得した際、これを一旦は誤つて高山土木の割引勘定科目に記載し、のちにこれを朱消し訂正したことが認められるが、仮にここに原告のなんらかの作為があつたとしても、右の本件手形の裏書の趣旨になんらの影響もない。原告が本件手形を真実は取立委任のために裏書譲渡を受けその旨の帳簿処理をしていたものを訂正した場合と右の訂正は異なるからである。

また、本件手形を支払にあてるべき債務について、原告と高山土木との間には必ずしも合意があつたものとも思えないが、原告がこれを自己に最も有利な債権回収にあてようとしたことは首肯できないわけではなく、このような事実をもつて本件手形の裏書の趣旨を被告ら主張のようなものとみる資料にはできない。

その他、被告ら主張を認めることのできる証拠は見あたらない。

3  被告らは、被告学院から本件手形を取得した者に対し被告学院が原因関係に基づく抗弁を有することを、原告は知りながら本件手形を取得した、と主張する。

証人朴武の証言によれば、同人は、高山文子から本件手形の交付を受けた昭和四六年七月一三日か翌一四日に、大和銀行柏支店に本件手形を特定してその信用照会を電話でしたことが認められる。ところが、さらに、同証人は、大和銀行柏支店からは本件手形について格別注目すべき事情があることの回答を受けず、本件手形が詐取されたものであるなどとは聞かなかつたし、むしろ支払見込みがあるとの回答を得たように記憶する、と証言する。しかし、右の証言部分はすぐには採用し難いといわねばならない。証人渡辺孝の証言によるとき、朴が同支店に信用照会した当時すでに同支店には本件手形に関する事故届が提出されていることが認められること、朴の照会が本件手形の満期直前における信用組合たる原告からの照会であること(なお朴が自己の地位、身分等を明らかにしないで信用照会したとは考えられない)、成立に争いのない乙第二号証、第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三号証によれば、被告学院は昭和四六年五月一七日付日本経済新聞紙上に山田武夫の名義で本件手形の紛失無効公告を掲載させ、同年五月二九日付告訴状をもつて杉原清治郎(梁世煥)を詐欺罪により丸の内警察署長に告訴し、同警察署も遅くとも同年六月一二日には右告訴事実につき捜査を開始したことが認められること、以上の事実を勘案すると、同支店が朴の照会に対し本件手形につき同人のなんらの注意もひかない回答しかしなかつたとか、ましてや本件手形が支払見込であると回答したとは、容易には認め難いからである。なお、甲第一号証に添付された同支店作成の本件手形の不渡事由を明らかにする付箋には不渡事由として「盗難」と記載されていて詐取の記載はないが、いずれであつても本件手形が事故手形であることが表示されていることにはかわりがない。

以上のとおりであるから、原告の本件手形の担当者である朴武は、同年七月一三日もしくは翌一四日に大和銀行柏支店に電話で本件手形の信用照会をした際、本件手形につき被告学院がその最初の取得者に対し、原因関係上の何らかの抗弁によりその返還を求めうることを知つたとみるべきである。したがつて、原告もこのとき右の事情のあることを知つたといわねばならない。

そして、原告が本件手形について右のような事情のあることを知つた七月一三日もしくは一四日は、原告が本件手形を取得したときであると断じて差支えない。すなわち、甲第五号証の六、第八号証、第一〇号証によるとき、原告が本件手形の受入れのための諸手続を終えたのは、同年七月一四日であることが認められ、このような諸手続を終えたときと原告が前記のような事情を知つた時期は、ほぼ一致するからである。

以上説示したところに照らすと、原告は、本件手形につき被告学院がその最初の取得者に対し原因関係に基づく抗弁を有することを知りながら、かつ、本件手形を取得することによつて被告学院を害することになるのを知つて、本件手形を取得したものというべきである。そして、本件手形を最初に取得した者が梁及び福士であり、これらの者から本件手形を取得した高山土木が手形法第七七条、第一七条但書にいう害意取得者であるとみるべきことはすでに説明したとおりである。

よつて、被告学院は原告に対し本件手形金の支払義務はない。

五  被告石本の本件手形金の支払義務の有無

本件手形は割引によつて金融を得る目的のために振出され、被告石本は振出人のために手形保証をしたのである。ところが、振出人である被告学院と割引を依頼されて本件手形の交付を受け最初の所持人となつた梁及び福士らとの間の割引契約は、その契約における被告学院の意思表示が取消された結果無効となり、かつ、同人らは割引代金をまつたく支払つていないままであつたから、被告石本の手形保証の原因も消滅し、同人らが被告石本に本件手形金の請求をすることも許されなくなつたというべきである。

そして、本件手形を梁及び福士から取得した高山土木、高山土木から裏書譲渡を受けた原告のいずれもが、手形法第七七条、第一七条但書にいう害意取得者である以上、手形保証人の被告石本は、高山土木及び原告に対し自己の抗弁を主張して、本件手形金の支払を拒みうるものである。

したがつて被告石本も本件手形金の支払義務はないといわねばならない。

六  以上のとおりであるから、被告らには本件手形金の支払義務はなく、したがつて原告の本訴請求は失当として棄却すべきであり、この結論と符合しない主文掲記の本件手形判決は全部取消しを免れない。

よつて、民事訴訟法第四五七条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉江清景 福島重雄 近藤敬夫)

(別紙)

手形目録

金額 金五〇〇万円

満期 昭和四六年七月一五日

支払地 柏市

支払場所 株式会社大和銀行柏支店

振出日 昭和四六年五月一五日

振出地 千葉県我孫子市

振出人 被告学校法人中央学院

保証人 被告石本三郎

受取人 高山土木株式会社

第一裏書人 右同

被裏書人 原告

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